隔離†ダンスフロア スピリット+マリーとシュタスピ 忍者ブログ
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シュタ+マリ作文の続き、スピリット視点です。
かろうじてCP表記に沿う感じにできました。

相変わらず小説以前の作文ですが、同じ時間軸の部分があるので、先に前作を読んでいただいた方がよろしいかと思います。

※ この話には一部原作設定とは異なる描写のシーンがあります。
   原作で登場する前に書いたものということでご容赦くださいませ。





















 両手を伸ばしてうん、と背伸びをしてから、息を大きく吐き出す。
 先ほどまでは緊張した面持ちで新しい学び舎にやってきた新入生たちでごった返していたけれど、皆受付が済んだ順に案内係の在校生に誘導されて、入学式へ参列するため講堂の中へ入っていった。
 始業5分前、今日に限っては入学式開式5分前を告げる死武専特有のチャイムが鳴る。

「ナイグス、あと何人だ?」

 受付係をしている同級生に声をかけると、彼女は褐色の指で顔写真入りの新入生名簿をめくり目を走らせる。朝の光がドレッドのグリスに反射してその健康的な魅力に磨きをかけるが、いくら俺でも親友のパートナーに朝っぱらから不躾な視線を向けるほど野暮じゃない。

「あとひとりだね。マリー・ミョルニル」

 横から覗き込むと、ゆるいウェーブのかかった金髪に大きな瞳の可愛らしい少女の姿が印刷されている。マリー・ミョルニル。マリーちゃんか。

「ひとりなら俺が残るから、もう行っていいぜ?」
「そうか? じゃあ先に先生に名簿を返してくるから、ここは頼む」
「おう」

 密かに心の中でガッツポーズ。入学式の手伝いなんて面倒くさいことを俺が大人しくこなしているのは、かわいい新入生の女の子をチェックできるからに他ならない。まだ来ていない最後のひとりがこんな愛らしい女の子なら、ぜひお近づきになっておきたいところだ。写真で見る限りまだちょっと幼いけど、化粧っ気のない素顔は近い将来美人になる有望株とみた。遅れてきた彼女を優しくエスコートする格好いい先輩を演じれば、俺の好印象は間違いなし。
 講堂へ入っていくナイグスの猫のようにしなやかな後姿に、俺はヒラヒラと手を振りながら見送った。



 瞬間。
 ざわざわとした感覚が、腰から背骨を駆け抜ける。
 反射的に振り返ってみても、不審なものは何も見あたらない。見慣れた死武専の敷地と抜けるような青空、元気一杯に笑う朝の太陽。
 目に見えなくとも判る。ちょうど肩甲骨の辺りに薄く広がって残るその感覚、魂感知能力を持たない俺でも唯一感じられる魂の波長。
 それは、俺のパートナー、今は死武専のどこかで時間を潰しているはずのシュタインの魂の波長だった。
 いくら天才職人と呼ばれるシュタインの波長だって、普通に生活する分には視界の外から感じられるほど強烈ではない。それに、この波長は普段と少々違うような気がする。ひとりで波長を高めている時とは異なる違和感がある。
 まるで、他の誰かと波長を合わせ高めあっているかのような。
 背中にうっすらと冷たい汗が伝い、微かに指先が震えてくる。きっと今の俺は、滑稽なほど動揺しているのがまる判りに違いない。
 シュタインは魂の波長制御に長けていてどんな武器とでも魂の波長を合わせることができるため、時々授業で他の武器と組まされることがある。職人と魂の波長を合わせることが不得手な武器に同調する感覚を身体で理解させるのが目的だが、日頃手を焼いている問題児にその才能をもって学校に貢献させて懲罰を減らそうという教師側の意図もある。
 そんなお仕着せの相手と組まされる時のシュタインは最低限武器を持てる程度の波長制御しかしないから、こんな大きな波長は発しないし、自分の職人が他の武器を持ったところで俺も気にならない。それでシュタインの保護者役でもある俺が監督不行き届きで絞られる回数が減るならお安いものだ。
 でも、どんどん強くなるこの波長はそんなものじゃない。明らかにシュタイン本人が自らの意思で武器を構え、波長を高めている。
 何をしているんだ、あいつは。



 波長はしばらくして急速に小さくなり、30秒ほどして、先程よりもさらに強く膨らむ。校舎の影になる方向から感じられるそれが、ぐんぐんとこちらに近づいているのが判る。
 すると、校舎の影から猛スピードで白い塊が飛び出すのが視界に入る。鋭角に曲がって方向を変え、一直線にこちらへ向かってくるその影は、はっきりと見えなくても俺には誰なのかが判った。

「シュタイン!何やってんだ!」

 俺は動揺で震える声を無理やり張り上げた。職人と武器が同調して死武専内を全力疾走などという危険行為は立派な規律違反なのだから、パートナーとして叱責して当然なのだと、心の中で勝手にこじつける。そうしなければ情けない表情でこいつと顔をあわせていたに違いない。

「スピリットこそ」

 白い髪を乱しながら走ってきたくせに息を乱すどころか汗ひとつかいていない我がパートナーは、今朝一緒に家を出る時に持ってきた本と、見たことのない武器を携えていた。
 美しい細工の施された金色の、長い柄の先にハンマーのついた、小柄なシュタインに丁度いい長さの、魔槌。全身白づくめのシュタインとその金色が朝日に映えて眩しい。
 改めてシュタインと武器を交互に見やる。瞼がちりちりと痛い。誰だよそれ。

「俺は新入生がひとり来ないから待ってんだよ。それより誰だよそのハンマー」
「これ? スピリットのお待ちかねの相手だと思うよ」
「は?」

 俺の待ってる相手って、何でおまえにそんなことが判るんだよ。

「ちょっと! これはないでしょこれは!」

 武器が声を荒げて抗議する。少々ヒステリックになっている女の子の声だ。
 シュタインが心底面倒くさそうな顔をして手から武器を離すと、金色のポールハンマーは変身を解き、見覚えのある顔立ちをした金髪のかわいこちゃんになる。

「間に合わせたんだから文句ないだろ」
「それはそうだけど、ちゃんと名前で紹介してよ」

 信じられない。あのシュタインが女の子と普通に会話してる。
 パートナーを組んでこの方、こいつがまともに女の子と会話をするところはおろか、こいつに自分から近づくような勇気ある女の子自体見た事がなかった。頭が良くて天才と謳われる腕を持つ職人で、見た目はそこそこ整っている、むしろかわいいといってもいい造りなのに、特殊な性癖と危険な言動のせいで周囲から距離を置かれているこのシュタインが。
 このかわいい魔武器の少女と自ら同調したのか。

「シュタインお前なんで他の武器持ってんだよ、しかもこんなかわいい子を」

 自分の職人が自分のいないところで見ず知らずの武器と同調したという危機感と、日頃手を焼いている後輩がまともに女の子と接しているという驚き。ふたつの非日常で、あまり使われることのない俺の頭は軽く混乱しかける。

「あらかわいいだなんて」
「いやホントかわいいね君」

 照れるかわいこちゃんに半ば脊髄反射のように口説き文句が飛び出す。混乱から逃れたいあまり、仕草も愛らしい魔槌ちゃんに無意識に癒しを求めてしまったのかもしれない。

「自分の職人が別の武器持ってる理由を問い詰めるか、女を口説くか、係をまっとうして新入生を案内するか、どれかにしたらどうなの、スピリット? マリーは何の為にここにきたの?」

 冷ややかな口調でシュタインに突っ込まれる。そうだ。俺はいま、最後の新入生を入学式へ案内するためにここにいるんだ。
 ボトムのポケットに突っ込んだ名前だけの簡易新入生名簿を取り出し、確認する。

「いけない、入学式が始まっちゃう」
「え、君がええと・・・マリー・ミ、ミョルニル?」

 早口言葉のような名前に、思わず噛んでしまう。どこの国の出身なんだ。

「はい!すみません遅くなりました!」

 元気よく返事を返してきた人懐こそうなマリーに、どことなく親近感を覚える。

「もうみんな中にいるから急いで」
「はい。・・・あ、」

 講堂に誘導しようと歩を進めようとした時、マリーがシュタインに振り返った。

「シュタイン君、助けてくれてありがとう。あとで御礼をさせて」

 ・・・助けた? あのシュタインが? 新入生の女の子を?
 身体が講堂に向いていてよかった。今自分がどんなおかしな表情をしているか、自分で判らない。

「別にいい。面白い経験ができたし」
「それじゃ私の気持ちが収まらないわ」
「じゃあひとつ俺の言うこときいてよ」
「いいわよ。なに?」
「一度あんたを解」
「だーっ!マリーちゃんそれはだめだ!シュタインお前も本気にすんなよ絶対だめだからな!」

 咄嗟に振り返り、大袈裟な身振り手振りでシュタインの不穏な発言を阻止する。そんなこと言ったら二度と口きいてくれなくなるぞ!
 マリーが不思議そうな顔で俺を見る。ああ、かっこ悪ぃなあ、今の俺。

「と、とにかくマリーちゃんは着席しようね?」

 愛想笑いでマリーを急かす。とにかく今は入学式に間に合わせるのが先だ。

「じゃあ、式が終わったらまた来るから」
「おう。ばっくれんなよ」
「またね、シュタインくん」

 用は済んだとばかりにさっさと踵を返して立ち去っていくシュタインを尻目に、マリーを連れて講堂へと急いだ。



「スピリット先輩、あの」

 講堂のホールでマリーの方から声を掛けてきた。

「なに?」
「シュタイン君のパートナーなんですか?」
「うん、そうだよ」

 俺は歩きながらマリーに右手を差し出す。

「スピリット=アルバーンだ。よろしくね」
「マリー・ミョルニルです。よろしくお願いします」

 小さく触れるようにハンドトゥハンドを返してくる。くぅ~、かわいいなぁ。何でこんなかわいい子がシュタインと一緒にいたんだ。

「シュタインとはどこかで会ったことがあるの?」
「いえ、さっき道に迷っていた時に偶然会って、ここまで連れて来てもらっただけです」

 あのシュタインが初対面の相手にただで人助けなんて、どういう風の吹き回しなんだろうか。

「ちょっと変わってるけど、いいひとですよね。シュタイン君」
「へ?」

 いいひと? シュタインが?

「私、なにかおかしなこと言いましたか?」

 俺のリアクションが気になったのか、マリーが小首をかしげる。

「い、いや、シュタインがいいひとって言われるの初めてだから。気に障ったらごめんね」
「いいひとじゃないんですか? すごくきれいな魂をしてましたけど」

 マリーの言葉に愛想笑いが張り付くのが判る。
 シュタインは言動こそ危険極まりないが、魂そのものは濁りのない純粋なものだ。この子はシュタインの魂がどんな感じなのか判るくらい強く同調していたのだ、という事実を叩きつけられたような気がした。

「ま、まあ、魂はそうなんだけどね・・・」

 それが判る奴は、そういないんだよ。マリーちゃん。
 廊下とホールの間の防音ドアに手を掛ける。

「あ、でも、性格はちょっと難しいかも。さっき泣かされそうになったし」
「え、あいつ、なんかしたの!?」

 思わず声が大きくなる。

「うーん、シュタイン君ってデリカシーないっていうか、女の子の気持ちは判ってくれないみたいですね」
「ごめんね、あいつなんかひどいこと言っちゃった?」

 入学したての女の子を傷つけてしまったなんて有り得なくないだけに申し訳なくて、ドアを開けながら大慌てで謝ると、マリーはにっこりと微笑んだ。

「ううん、スピリット先輩が謝ることないんですよ。ただ」
「ただ?」
「私、シュタイン君のこと好きになったのに、興味ないってフラれちゃいました」

 一瞬、頭の中が真っ白になる。
 ・・・え?
 フラれ・・・?

「ひどいですよねぇ、自分から私を持たせれば間に合わせてやるって言ってきたくせに」

 口を軽く尖らせてぷんすか怒ったポーズをとるマリーは愛らしいが、さすがに混乱した頭でそれを認識する余裕はない。
 あのシュタインに惚れるなんて、一体どういうシチュエーションがあったら起こり得るのか。武器として触れ合ったからなのか? あの天才職人と波長を合わせるのはとても気持ちが良いってことは俺が一番よく知っているから判らなくもないけど、どうもそれだけではないらしい。それにどうしてシュタインは自分からマリーに間に合わせてやるなんて言い出したんだ。
 マリーがドアを押さえる俺の前を通って中へ入っていく。

「俺のパートナーはもういるから、ですって。武器としてしか見てないなんて失礼しちゃう」

 へ?

「そ、それは失礼だな、こんなかわいい女の子に向かって」

 脊髄反射で耳障りの良い相槌が口から滑り出る。今ばかりは日頃鍛えた女性専用リップサービスがとても役に立っているようだ。

「スピリット先輩は優しいんですね」
「いやいや、シュタインがひどいこと言って本当にごめんね。あ、あそこの席に座って」

 ひとつ空いたマリー用と思しき新入生用の椅子に促す。

「ありがとうございました、スピリット先輩」

 俺より頭ひとつ小さい少女は、武器の時と同じ金色の髪を揺らして頭を垂れる。素直な良い子だな。

「楽しい死武専ライフを」

 先輩ぶって気障な台詞を吐く。詳しくは判らないし気になるけれど、この子はこれから自分たちと同様にここで死と隣り合わせの授業に入るのだ。余計なことは言わなくていい。
 マリーが席につくのを見届けてから、俺は入学式担当の教師に全員着席したことを伝えるべく前方の教員席に向かった。






「さて、と」

 新入生の案内役という仕事は終わったけれど、今日はもうひとつ用事がある。有難くない、できれば行きたくない用事が。そのために入学式には関係のないシュタインも一緒に学校へ引っ張ってきたのだ。
 式が終わったら向こうから来るといっていたが、ここでぼんやり待つ必要もない。一番シュタインが時間を潰していそうな図書館へ足を向ける。そういえばさっきは図書館のある校舎とは違う校舎の向こう側からやってきていたな。一体何処にいたんだ。
 ふつふつと先ほど感じたものが頭を侵食する。
 シュタインは自らマリーを持たせろと言ったらしい。そして魂の波長を合わせ高めて、講堂までふたりで走り抜けてきた。本気で合わせようとしていなければ、俺が感知できるほど大きな波長は出せない。
 胸の中が暗く染まっていくような気がする。苛々して眉間に皺が寄っているのが判る。この感覚がなんなのか、判りたくないけれど知っている。
 これは、嫉妬と不安だ。
 自分の職人が、自分の知らないところで他の武器を自ら持ちたいと言い出したことに対する嫉妬。普段は最低限しか魂の波長を合わせないのに、遠く離れた自分にまで感じられるほどの高まりを見せたこと。
 自分は天才と呼ばれる才覚を持ったパートナーについていくのがやっとで、足を引っ張らないように努力しているのに、入学したばかりの初対面の少女があれだけうまく波長を高められたという事実。利己的で合理的で新し物好きだから、俺よりも強くて波長の合う武器がいたらそいつと組みたがるのではないかという、いつも心の片隅に持ち続けている不安。
 いくらマリーが振られたといっても、すぐに拭えるものじゃない。
 いつだって俺は怖いんだ。武器としての力量が足りずにシュタインから見捨てられるのが。職人としてのシュタインに惚れてるから、他の奴に本気になられるのが。パートナーでなくなったあいつを止められなくなるのが。



「遅い」

 図書館へ向かう階段を昇ると、途中に何故かシュタインが座っていた。

「迎えに来てやったのに遅いはねえだろ」
「こっちに向かってるのは判ってたんだよ。歩くのが遅い」

 魂感知で俺の動向が判っていたようだ。
 いつもは見下ろしている白い頭が、不機嫌そうに俺を見下ろす。

「なんでこんなとこに座ってんだよ」
「だって図書館開いてないから。新入生のオリエンテーリングで使うから在校生は入れないんだってさ」
「え、そうだったか」
「入学式の手伝い係のくせにちゃんと把握してないわけ?」

 不機嫌の理由はそこにあったらしい。

「自分の係のことしか憶えてねえよ。悪かったな」
「しっかりしてよね」

 シュタインが立ち上がってパンパンと尻を払う。俺は数段上がってちょうど頭がシュタインと同じ高さになる位置で止まった。
 ちゃんと今日の把握をしていなかったのは俺が悪いけど、そもそも年齢的に新入生と間違われそうで紛らわしいからというもっともらしい理由で係決めのくじ引きからはずされたシュタインは、自分のことで呼び出されていなければ今日は休校になっていたのだ。係が終わったあとも付き合わされている俺が責められるのはいささか納得がいかない。

「おまえ、自分のせいで先生に呼び出されたくせに文句いうなよ」
「知らないよ、最近は呼び出されるようなことはしてないんだし」
「じゃあなんでわざわざ俺まで呼び出されたんだよ」
「さあね。おおかた新入生を捕まえてバラそうとするのはやめなさい、とか何とか説教されるんじゃない。くだらない」
「くだらなくねえよ。てか、そんな注意されるのがおかしいだろ」

 相変わらず不穏この上ないことを平気で口にする。マリーはよくこんな奴に惚れることができたな。

「別に先生に注意されたからって俺は自分の行動を制限する気はないし。スピリットも一緒に呼び出されたのはスピリットに止めさせるためだろ」
「俺が言ったらやめんのかよ。人の見てないとこで何してるか判んねえくせに」

 自然と口調がきつくなる。先生の注意なんてきかないのはいつものことなのに、先ほどまでのもやもやした感情と相まって、歯止めがきかなくなってくる。

「少なくとも今日はまだなにもしてないつもりだけど?」
「じゃあなんでマリーと一緒だったんだよ。まだ魂の波長を合わせる練習もしてない初対面の新入生と校内を全力疾走してくるなんて危険な真似しやがって」
「迷子になったマリーが入学式に間に合わないっていうから、間に合わせてあげたんじゃないか。スピリットの好きな人助けだろ。なに怒ってるの」
「人助けを怒ってるんじゃねえ」
「じゃあ、俺がスピリットの知らないとこで他の武器を持ったから?」

 いきなり核心を突かれ、内心激しく動揺する。

「そ、そんなんじゃねえよ、バカバカしい」
「ふうん。じゃあその魂の揺れはなに?」

 軽くバカにしたようなヘラヘラ笑いを浮かべてくる。職人の魂感知ってのはなんてずるい能力なんだ。段差のせいで同じ目線になっているところにわざわざ顔を覗きこんでくるもんだから、思わずぷいと顔を逸らせる。

「ほ、本気のおまえが知らない武器を持ったら、武器の方が飲み込まれちまうだろ」

 ケガをさせるようなヘマはしないってことくらい判ってる。こいつは魂の波長制御に長けた天才だ。しかし武器の方がその魂の強さに耐えられず飲み込まれる恐怖に竦んでしまう。

「本気だって判ったんだ?」
「あんなに魂の波長を高めていれば俺にだって判る」
「パートナーだから?」
「当たり前だろ」
「パートナーじゃない相手、それも初対面で俺が本気になったマリーが気に入らない?」
「気に入るとか気に入らないとか、そういう問題じゃねえ」

 すう、とシュタインの顔からヘラヘラが消える。

「じゃあどういう問題なわけ」

 先ほどまでの余裕が薄れ、段々と目元が険しくなっていく。
 こいつは自分の意にそぐわないことは極力したがらない奴だから、単なる人助けでマリーを連れてきた訳じゃない。シュタインがマリーを異性として気に入ったとかなら諸手を上げて応援してやりたいところだが、武器として気に入ったというなら話は別だ。
 俺以外にシュタインがあれだけ魂の波長を高めても受け止めることのできる武器の存在が、正直怖かった。でもそんなこと言えるはずがない。
 押し黙っていた時間は実際はほんの数秒だったのだろうけれど、ものすごく長い時間が経ったような気して気まずさに耐えられなくなってくる。

「言わなくちゃ判らないんだけど? いつもスピリットが俺に言ってることだよね?」
「う、うるせえな。俺はただおまえのパートナーとして危ない行為を注意してるだけだ」
「パートナーとして、ねえ」

 不意にシュタインの顔が近づいてきて、顔を背けた俺の頬に唇が触れる。

「なっ・・・!」

 予想外の行為に顔が熱く火照る。耳まで赤く染まっているに違いない。
 思わず顔を向けると、目の前に長い睫毛に縁取られた淡い色合いの瞳があった。

「マリーは確かに良い武器だと思うけど、やっぱり俺はスピリットが一番いいよ」

 なに女たらしみたいな台詞を吐いてるんだこいつ。
 驚きと動揺で言葉が継げなくなっている俺に、シュタインが続ける。

「マリーはミョルニルの人間だっていうから持ってみたかっただけ。武器の名門を持つなんて、機会がなかったらそうそうできないだろ」
「・・・名門?」

 シュタインの口から出た意外な言葉にきょとんと目を丸くする。名門?なんだそれ?

「名前を聞いて気づかなかったの?」
「気づくも何も・・・なんだその武器の名門って」
「スピリット、いくら頭が悪くたって自分も武器なんだから、少しくらいその世界のことは知っておいた方がいいんじゃないの?」

 呆れたような顔で溜息をつかれる。物を知らなくて悪かったな。

「ミョルニル家はね、何代も続いて魔武器が生まれている家系で、その上何人もデスサイズを輩出してる血筋なんだよ。何しろ北欧神話の主神が持つ武器の名をファミリーネームにしているくらいなんだから」

 武器は一般的に隔世遺伝で近しい世代には出てこない。同じ世代での兄弟姉妹や同じ魂を分け合った多胎児で生まれることはあるが、上の代にいないと魔武器の知識を持つ機会はないから、疎い親の家に生まれた子は忌み子のように迫害されることも少なくない。決まった血統の近しい世代で武器が生まれ続けることそのものが珍しいのだ。しかもそれがデスサイズまで昇りつめるとなれば尚更。

「名前を聞いて優秀な武器の素質がある名門の子だって思ったから、興味を持ったのか」
「そうだよ。マリーは迷子になって入学式に間に合わないって困ってたし、俺はマリーを持ってみたくなった。だから持たせてくれたら入学式に間に合うように運んでやるって言ったんだ」
「そんな、人の弱みにつけこむようなことを」
「ギブアンドテイクさ。マリーはちゃんと入学式に間に合ったし、俺は彼女の性能が確認できて満足した。マリーは良い武器だけど、俺には合わない。やっぱりスピリットが一番気持ちいい」

 俺の中のもやもやしたものを払拭するひとことをまっすぐ口にする。魂が見えたところでそんなことまで判るはずがないのに。
 シュタインがヘラヘラと笑い出す。

「ホントにスピリットは判りやすいよね。魂を見る必要なんてないくらい顔に出る」
「う、うるせえ! 大体おまえが俺の知らないとこで他の武器を持ったりするから不安になるんだろ!」

 あ、と口を押さえた時には遅かった。全部ではないけれど、こうもあっさりと腹ん中を口にするとは、我ながら情けないにも程がある。

「そんな心配しなくていいよ。スピリットがいやだって言ったって、俺はあんたを離さないから」

 てっきり嘲笑われると思ったのに、シュタインはいつものヘラヘラ笑いを収めて真顔で言い放つ。

「スピリットと共鳴するのが一番気持ちがいいんだ。どんなに性能のいい武器だってスピリットの魂には敵わない。マリーを持ってみて、改めてそれがよく判ったよ。彼女とは共鳴したいとまでは思わなかった。俺はスピリットがいい」

 真剣な瞳で射すくめられて、武器として一番嬉しい言葉を与えられて、それでもなお意地を張れるほど俺は頑固じゃない。好かれるのも褒められるのも大好きなんだから。

「これでいい?」
「・・・お、おう」
「判ったのならちゃんと態度で示してよ。これもスピリットが俺に言ってることだよ」

 態度で、って、そういう意味では言ってねえぞ。まあ、何を要求されているのかは判るけど。

「ここでかよ」
「誰もいないんだから構わないだろ」

 確かに、入学式の最中で誰ひとり通る様子はない。一瞬ならいいか。
 俺がシュタインの手を取り掌を合わせると、シュタインの唇が近づいてくる。受け止めた柔らかいその感触は、いつもは下から覗き込むようにされるか、上にのしかかられてされるから、段差で身長差のなくなった状態での行為は少しばかり新鮮だった。
 合わせた唇や両の掌から行き交う温もりと魂の波長にうっとりと陶酔する。ここで本気になるわけにはいかないから軽く触れるだけだけど、それでもシュタインを感じるだけで気持ちがよくて、暗い感情なんてどこかに吹き飛んでしまう。嫉妬も不安も焦りも根本は俺に原因があって全く解決していないのに、なんて俺は単純にできてるんだろう。気持ちよければ機嫌が直るなんて。
 余韻を惜しむように唇を離すと、シュタインが笑っていた。

「気分がいいから、これからつまらない説教を聞かされても我慢できそう」

 はたと自分たちが何故ここにいるのかということに気が付く。そうだ、俺たちはこれから先生のところに出頭するんだった。

「やべ、早く先生のとこに行かなくちゃ」

 照れ隠しのように大袈裟に叫ぶと、俺はシュタインの片手を取ったまま階段を昇った。



 突き当たりにある生徒指導室へ廊下を歩きながら、俺は疑問に思ったことをシュタインに投げてみる。

「なあ、シュタイン。何でマリーは合わないって思ったんだ?」

 普通に考えれば、武器としての資質はマリーの方が上なのではないか。シュタイン本人は大抵の武器と魂の波長を合わせることができるのだし、実際にやってのけた。名門ならば死武専に来る前にすでに職人と組む経験があってもおかしくないのだから全くの素人というわけではないだろうし、何よりあんなに可愛い女の子なのだ。普通男なら野郎と組むよりそっちの方がいいだろうと思うのだが。

「マリーは武器としての資質は高いけど、本人の魂が穏やかすぎるんだ。他の人を癒す雰囲気を持った、あまり戦いには向かない性質をしてる。だから一緒に戦ってもきっと楽しくないと思う」
「そっか、マリーは癒し系なのか」

 それじゃあ、この何でもバラしたがる解体魔が武器として満足できないというのも頷ける。

「俺はバトルを楽しみたいからね、癒しなんていらない。スピリットは俺をぞくぞくさせてくれるから気持ちいい」
「それって褒められてんのかよ」
「褒めてるよ。スピリットだって気持ちいいでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「だから、スピリットが一番いい」

 俺が足を引っ張らないようやっとの思いでついていっていることに、この天才は気づいていないらしい。おまえはすごい職人で、いつもその強い魂に飲み込まれそうになるのを必死に耐えて波長を返してるんだ。そんなギリギリのせめぎ合いが、ぞくぞくするという快感に変わっている、そんな気がする。
 俺はおまえを戦いに駆り立てる存在でしかないのか。武器としての相性だけでおまえに選ばれているのか?

「それにスピリット本人も触ってて気持ちいいし」

 見透かしたように、小さな職人は言葉を続ける。

「俺なんかより、もっと柔らかい女の子の方が気持ちいいと思うけどなあ」
「他の人の体温に触れるなんて気持ち悪い」
「気持ち悪いって」
「性別なんてどうでもいいんだよ。スピリット以外はみんな同じ」
「そういえばマリーがお前に振られたって言ってたぞ」
「好意を持たれてるのが判って面倒だったから、パートナーはもういるってはっきり言っただけだよ」
「そんな勿体無い。武器としてじゃなくても、かわいい女の子とお近づきになるのはいいことだぞ」
「スピリットが女の子を好きなのは判ってるけど、それが俺にも当てはまるなんて思う?」
「・・・そうだったな」

 こいつが他の人間に興味を持つなんて、何か好奇心をそそられるような理由があるか、イコール解体対象にしかならないだろう。
 だったら、まだ俺の言うことに耳を貸してくれるだけマシか。
 この判りやすい変わり者とパートナーとして、人として接していられるのだから、その存在意義を悩んだところで仕方のないことなのかもしれないな。
 隣りを並んで歩く白いさらさらの髪を眺めながらそう考えていると、視線を感じたのかシュタインと目が合う。

「なに?」
「いや、なんでもない」
「へんなの」
「とりあえず、先生のいうことにイラついてきたら晩飯の献立でも考えてろ。長引くから間違っても顔に出すなよ」

 どうせ本人に言っても効果がないから俺が一緒に呼ばれたんだ。俺がお小言を引き受けてあとでじっくり良い含めればいい。それもこいつの保護者役を務めている俺の役目だと割り切っている。



 あからさまに聴く気のないパートナーを連れて、俺は生活指導担当の教師が待つドアをノックした。











**********



「おまえ、本はどうしたんだ?」
「ロッカーに置いてきた」
「ああ、話聞いてるあいだも持ってるのは重いからな」
「いや、あまりにつまらなすぎて持ってると読みたくなりそうな気がしたから。読んだらスピリット怒るでしょ」
「怒る以前に読まねえだろ普通」







なんというか、シュタインがスピリットのこと好きすぎ。



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